あまり深く考えずにパチンコ屋で働くことを決めた
私は当時22歳独身彼氏あり。同棲前に引っ越しするにあたり前職のスーパーを辞めた時のことです。
とにかくお金が欲しかった私はアルバイト募集冊子の中で時給の高いところに決めることにしました。
水商売以外なら比較的何でもできるだろうと特に職業に対するこだわりはなかったので、すぐにおうちから近くのパチンコ屋さんに面接のお願いをしました。
無事に合格。そこから私のパチンコ屋さんアルバイト生活が始まりました。
お仕事内容も玉運びと接客、ひたすら体を動かしていれば時間はあっという間に過ぎていくし、たまに仲良くなったお客様からおやつやジュースを貰えたり、お給料もすこぶるいいので不満ひとつなく毎日楽しく働いていました。
ところがある日腰を壊してしまい、数日間仕事を休み、病院の先生には”骨が歪んでこのままだと椎間板ヘルニアになってしまう恐れがありますので、できればパチンコ屋さんは辞めた方がいい”と言われてしまいました。
椎間板ヘルニアは一度なると手術をしなければ治らない大変な病気です。
辞めたくはなかったですが、今後のことを考え辞めることを決心しました。
退職を決意したところへ社員になる提案を受ける
店長に”このまま腰に負担をかけることを避けたら、もう私は使い物にならないので辞めます”と相談しにいきました。そしたら店長が思わぬ提案をしてくれました。
“社員になって、カウンターでお仕事続ける気はないか?”
カウンターは玉運びや重労働はせず、お客様の出した玉.メダルをパッキンに替え、余りを選んでもらい笑顔で送り出すというメンタル重視の部署です。
そうして私は社員になりカウンターガールとして勤めることになりました。
新人研修をし一人前になり、沢山失敗をし沢山褒められ、それでも毎日勉強勉強で精一杯でした。
少しずつ業務に余裕と笑顔が出てきて自信が付いてきた頃、全店の総合ベスト社員賞にも選ばれました。
幹部職の方たちにもちやほやされお給料も上がりカウンターの教育係にもなり順風満帆な毎日を送っていました。
もちろんお金の関わる世界で、それこそくるお客様はギャンブルをするお金にシビアな人間ばかりです。
なので辛いこともトラブルも警察沙汰になる事件も沢山見てきたし経験もしました。
タブーになっていた常連さんとの関係も、プライベートでこっそりご飯に連れていってもらったり飲みに連れていってもらったりも沢山しました。
そして1番の変化は、入社当初に同棲を始めた彼氏とは別れ、パチンコ屋さんのサブマネージャーと付き合いはじめたことです。社内恋愛は禁止だったので極秘でお付き合いしていました。
私が同棲解消してパチンコ屋さんの寮に入ったことも付き合い始めたきっかけのひとつです。
女子寮と男子寮は食堂を境に分かれており行き来は禁止、監視役に境の食堂には怒ると怖い賄いのおばちゃんがいつもいました。
でもおばちゃんが退社する夜18時以降は警備が手薄になり自由な感じでした。
そんな極秘というスパイスも加わり、サブマネージャーと私は3年間付き合いました。
そうして私のアルバイトで入社してからあっという間に7年間が過ぎていきました。
パン屋になるという小さな頃からの夢を思い出した
そんな感じで大変ながらにも美味しい蜜を吸い楽しく充実していた毎日を送っていた中で、ふとボーっとしたり考えることが多くなりました。
「私の人生このままでいいのか」
私には小さな頃からの夢がありました。パン屋さんになることです。
パン屋さんになるといっても、早々とお店をやるという大変さや厳しさに気付いていたので”働いてパンを作れればいい”という補足が付いてました。
業務内容もお給料も、次期マネージャーになるサブマネージャーとの恋愛も、このパチンコ屋さんにいれば何の問題もないし安定して働いていられる安心感はありました。
けれど関わる人はみんな同じ、当時のパチンコ屋さんは空調が今より全然発達していなかった為、タバコの煙りと爆音の中でほぼ10時間、もちろんサービス残業も多く、寮もパチンコ屋さんの上にあるので従業員が急に休めばお呼びがかかるしお休みの日一歩外に出れば必ず従業員か常連さんに出会います。
“私、女性として1番大事な時期(当時26歳)にこんな感じでやり過ごしていていいのだろうか”
“結婚も出産もしたいし、1番は自分のやりたいこと、夢になんの関わりもなくこのまま老いていっていいのだろうか”
私は考え込むようになりました。そして1年間位モヤモヤしてようやく気持ちの整理がつき、決心することができました。
“人生1回しかない!後悔したくない!お給料落ちてもパン屋さんでパン作りたい!”
その強い気持ちと離れたくない感謝の気持ちをマネージャーに正直に伝え、退職するに至りました。
パン屋で働く充実した毎日
私はパチンコ屋さんを退職後、実家に戻り大好きな母と父と犬と一緒に暮らしはじめ、地元のパン屋さんにアルバイトで入りました。
朝方4時から夕方16時半までサンドイッチ作りやパンをこねて焼いたり、とっても幸せな日々を送るようになりました。
パチンコ屋さんに入社して、辞める決心ができたことに毎日感謝しながら生きれています。
これが、パチンコ屋さんでの輝かしい7年間とその後の私でした?