ラーメン店で起きた最悪の人件費削減!バイトがどんどん退職していく!

会社での悩み

中華料理系ラーメン店で起きた非常識な人件費削減

神奈川県川崎市にある中国料理系ラーメン店での話です。店の待遇と精神を見出しにして当時を振り返って書き出してみました。

人件費削減が始まり、店の運営に支障がで始める

大学ニ年生の冬から三年生の夏にかけて、初めてのアルバイト先がこちらでした。

授業に合わせて午前11時から午後14時、夕方6時から深夜1時まで、客数の一番多い時間帯にシフト勤務で働いておりました。

店内は満席時は約100名ほど、ラーメン店ともあれば客は次から次にやって来ます。

近所にパチンコ店があり10時のパチンコ店の閉店に合わせて客が一気に押し寄せ、日によっては長蛇の列になりました。

ホール対応の日にはお客様案内、お茶出し、注文、品出し、会計の対応に終始追われている状態、キッチン対応の日にはラーメン、チャーハン、餃子類作成、飲料準備、食器洗いを繰り返します。

採用当初はホールとキッチンの仕事が分かれていたため、ホール対応の日にはチャイナ服を着て接客する余裕もあり、担当の仕事だけに集中できておりましたが、そのうち、当初のキッチン4人ホール4人の設定から、人件費削減のためでしょうが、なんと平日はキッチン2人ホール1-2人、休日+アルファとなり、店内は最悪の状態になりました。

客は苛立ち、手書きの注文は乱れまくり、食器洗いが間に合わなくなり、使用済みの食器を置く場所がいっぱいになりすぎて食器が落下など、こんな光景が店内によく見られるようになりました。

当方はキッチンもホールもどちらも対応できたため、その間を走り回る毎日でした。

半年でバイト用に購入したローファーの底がすり減って穴が空きました。

このような状況に耐えかねた外国人労働者や高校生が1人2人3人と次々に辞めて行き、ほぼ毎日、土日祝日も嫌でもこの人数で回さなければならない状況となりました。

ある日のことでしたが、店に着いてみるともともと私を含めて3人いるはずの店内に、なぜか暗い面持ちの店長1人しかいません。

事情を尋ねてみると、少し前に辞めたキッチン担当の外国人が他の外国人2人も連れて別の飲食店に引き抜かれたとのことでした。

その日泣き崩れた店長もその日限りで辞めてしまいました。

きっと飲食店ではよくあることなのだろう、忙しければ忙しいほど時間がたつのが早いものだ、そんな状況でもこのように積極的に考え、それでも給料日を楽しみに頑張って働けていたと思います。

さらに人件費削減の指示!時間外での拘束が増える

しかし、その制度にさらに人件費削減の波が押し寄せます。

私が働き始めた当初はシフトで決まっている勤務開始時間の15分前までに店に到着、ユニフォームに着替えて事務所で待機、勤務開始時間までにホールに降りて作業開始となっておりました。

しかし、その制度は働き始めて約2ヶ月で以下の通りに変更となります。

シフトで決まっている勤務時間の30分前までに店に到着、20分前までにユニフォームの着替え、手洗いを済ませて各持ち場で仕事開始、でございました。

その勤務時間前の20分間はもちろん時給は発生いたしません。

それなのに少しでも30分前ルールに遅刻するとペナルティーとして15分分の給与が減らされます。

それだけではありません。

店は悪天候や何らかの理由で客数が少ない日には、客足が少しでも減るとスタッフに余分に無給の休憩を30分ー1時間ほど取らせたり、もともと数を減らしたスタッフに向かって「今日はもう上がっていいよ」と優しい口調で語りかけ、15分単位のタイムカードをうまく操作して給与が発生しないようにする始末です。

毎月の手取り金額にも大きく関係するためこれには大いなる疑問と不安が発生しました。

アルバイトで学生だった当時の私はまだよしとしても、お小遣い稼ぎではなく、それで生計を立てている先輩たちや主婦の方たちにしてみれば忙しさよりもこのような方法で給与が減らされるほうが辛かったろうと思います。

ついに時給の切り捨てまで!耐えられなくなり退職を決意

人件費削減のため、スタッフを減らし、無給労働をさせる、閑散時には休憩させたり早く帰らせる、このような状況でしたが、きっと飲食店ではきっとよくある話なんだろう、新しいアルバイトに換えてまた1から仕事を覚えるよりはこのままここで働くほうが良いだろう、と忍耐をつづけ約一年半この店で働きました。

最後は「経営難のためみんなで頑張りましょう、各スタッフの時給を50円切り捨てます」の一言で退職することに決めました。

他のアルバイトをしたことがなかった私にとって、最初の社会人経験がこちらの店舗でした。

その後の人生において、どんなに仕事で辛かったり、生活面で疲れていても、あの頃と比べればなんでもないなと考え、そのおかげでいつでも乗り越えて来られました。

振り返ってみれば、とてもいい経験だったと思います。

もちろん、もう一度同じ条件でそこで働くかと言われれば絶対に大きく首を振って断りますが。

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