IT企業の総合事務の現実!寿退社前提の職場
私は総務で働いていました。
IT企業だったため入社する前は女性の年齢について言われないだろうと勝手に思っておりました。
しかし、入ってみると25歳まではチヤホヤされますが26歳からは結婚など色々なことを言われるようになります。
30歳の先輩は総務からどうみても嫌がらせの人事が行われ寿退社が30歳位で出来なければこういうことになる見本を見せられたように思いました。
総合事務ではこういう事になるのかとヒシヒシと感じさせられました。
なので、先を見せられた感じがしました。
セクハラが当たり前!男尊女卑な会社の体質
残業しても男の人は「頑張ったな」と声をかけられますが、エンジニア以外の事務は「時間内に出来ないのは要領が悪い」と叱られます。
そして、男性の上司に疲れたね〜と肩を揉んでこられたりセクハラの言動(下ネタ)を言われたりしました。
東京の出張の時は、男性の先輩に飲みすぎた振りをしてホテルの私の部屋に入ってこうようとしました。
私は扉で蹴っちゃいましたが今までもその手で被害にあった方がいたのではないかと思っています。
この件でこの会社は女性をお飾りにしか思ってないのだとはっきりと感じました。
会社の代替わりで社内の力関係が豹変し退職を考え始めた
その私が勤めていた会社は会長が始めた会社だったのですが、会長のお子さんは娘2人しかいなく跡取りがいませんでした。
一代でとても頑張られ3の営業所まで事業が拡大しました。
そこで、会長は社長時代にエンジニアとしてまた営業が優秀だった当時の専務にこの会社をまかせようと思っていました。
そして、その専務が結婚をされているのですが東京に出向されている時に女性の課長と不倫関係になりました。
その女性の課長はとても美人でバツイチです。
美人なのでバツイチでも優遇されていました。
お互いに子供もいなくてそういう関係になりました。
そして会社にバレましたが会長は今までの功績からお咎めもなく、でも別れるように説諭しました。
二人は表向きは別れていました。
会社が傾き始めた時に専務の本当の正体が現れました。
事業が傾いてきたので社長は会長に、専務は社長に交代しました。
社長は自分に協力して当時味方になってくれた課長職の方たちを取締役部長職に引き上げ社長派を作りました。
そして、会長を追い出しました。
この時は私は取締役秘書でした。
本当に胸が張り裂けそうでした。
そして、会長派もまだ会社に残って頑張っていましたが給料が社長派は昇給が多く会長派はなかなかあがりません。
その中でも特に給料が高かったのは当時の社長の不倫関係だった女性の課長でした。
部長級の給料をもらっていました。
なので、その女性の課長は立派な一軒家を建て悠々自適な生活を送っていました。
会社の社員たちも暗黙の了解で女性の課長さんに気を使っていました。
当然のことのようにその女性の課長さんは女王様気取りです。
しかし、私は自営業育ちでゴマをするのはとても苦手ですので普通に違うと思う時は従いませんでした。
そうしたら当然のことのように嫌がらせが始まります。
私がトイレに入った時に化粧ポーチを忘れてすぐに取りに行った時にその課長さんが出てきたのですが私のポーチは捨てられていました。
この時にもう我慢の限界だと思い会社を心から辞める決意をしました。
こんな私ですが会社の取締役の方たちや先輩からは可愛がっていただいていましたし、会社に入ってたくさんのことを教えて頂きましたので、恩返しをして綺麗に辞めようと決意しました。
それまでも、誰よりも早く会社に行ってトイレ清掃をしてコヒーを沸かしみんなが気持ち良くお仕事が出来るようにと心がけていました。
愛社精神いっぱいでした。
しかし、やはり愛人に気を使わなければいけない会社では先がないと思い、辞表を提出しました。
私自身栄養士の資格も保有していましたのでそちらの方面で今度は一から頑張ってみようと思いました。
辞表を提出してから、有難くも社長はじめ取締役の方たちからまだまだ頑張ってもらいたいと引き止めて頂きましたが心は固く決意しておりましたの辞表を提出して3ヶ月後に受理され、受理されてから3ヶ月後に退職したのですがそれまで誠心誠意この会社をいっぱい愛し会社の社員の方がスムーズにお仕事が出来るように心がけて綺麗に辞めることが出来ました。
地方のIT企業での女性の地位の低さに幻滅
今思うと、やはり地方では中小企業が多く社長職はワンマンな方が多いように思います。
なので、仕事が出来ても気に入らなければ左遷かクビ、愛人でも勝手に給料が多く出来る現状になるんだと思います。
辞表を提出するまでは帯状疱疹も出てストレス全開でした。
地方のIT企業はまだまだ女性の地位は低い感じがします。
今思い出しましたが、セクハラも愛人の威厳も辛かったのですが何よりも辛かったのはやはり、会長派と社長派に分かれたていた時期に板ばさみにあい、特に社長は会長と会長派の部長のマイナス面を風潮しどんな事を言っていたのかを聞いてきてくれと影で呼ばれて言われていました。
私はやはり無難なことを言っていましたがこういう忍者みたいなことは無理だと「会社を辞めたい」と目にクマも出来、私の人生をこのままでは終わりたくないと思った瞬間でした。
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